
- YURI:“発達っ子”専門子育てコーチ
- チャイルドカウンセラー
- 家族療法カウンセラー
- 食育アドバイザー
シングルマザーとして一人息子を育てる中で、日々の関わりを通じて試行錯誤を重ね、発達に遅れがある子どもとの向き合い方に独自の工夫を積み上げてきた。
息子が3歳のとき、医師から診断を受けたわけではないものの、通っていた保育園で発達の遅れを指摘される。
そして、勧められた行政機関に足を運んだものの「この子には可能性がない」と言わんばかりの対応に疑問と強い違和感を抱く。
そこで、専門家の助言や行政の支援に頼ることなく「この子の可能性を、誰にも決めさせない」と心に誓い、自ら学び、行動を開始。
発達障がいの子どもたちの改善事例をまとめた一冊の本との出会いをきっかけに、教育的アプローチを学び、家庭で徹底的に実践。
やり方がうまくいかないときは子どもを責めず、自分自身を見つめ直し、試行錯誤を重ねることで、息子の著しい成長を引き出してきた。
当初「これ以上発達しない」、「通級指導を受けるべき」と指摘された息子は、普通学級で高校を卒業するまでに成長。
現在は、チャイルドカウンセラー・家族療法カウンセラー・食育アドバイザーなどの資格を取得し、自身の経験をベースにした実践的かつ温かなコーチングを展開中。
「方法は必ずある」という信念のもと、全国のママたちの悩みに寄り添いながら、子どもと向き合う力を育てる支援を行っている。
そして、支援を受けたママたちが、やがて支援する側へと成長していくような未来を描き、活動の輪を広げている。
私の子育て体験記

わが子の可能性を信じて子育てを実践。
普通級で、高校まで卒業。
部活も楽しんだ!
記憶力抜群!平家物語・枕草子を暗唱!クラスでの発表で自信!
めちゃめちゃワイルドだった5歳児が、心優しい青年に!
苦しかった子育て

私は、息子の妊娠中に溶連菌に感染し、抗生物質の点滴投与を受けながら出産をしました。
出産後、呼吸微弱で低体温だった息子は数日間保育器に入っていました。
その後、保育園に通うようになると「病弱で何事にもゆっくりで、言葉の理解が不明瞭で指示が通りにくい」などの指摘を何度も受け、そのたびに心配してきました。
同時に、保育園側の「何か違う子」というイヤ~な視線を感じ、胸をしめつけられるような感覚に何度も襲われてきました。
それで、言われるままに療育施設の相談などにも息子を連れて行くことに。
ところが、その場所に行くと息子が嫌がるんです。
私は、直感的に「ここは息子の居場所ではない」と思い、結局行くことをやめました。
いたずらに時間だけが過ぎていき、何をどうしたらよいのか?わからぬまま就学期を迎えました。
でも、就学前になっても、息子は言葉が出ませんでした。
そんな時期でした。
母が見つけてくれた一冊の本をきっかけに、私は新しい知識を得て、専門家のもとで学びはじめることにしたんです。
私の実践記録

息子と私の両親
シングルマザーだった私には、父と母の協力が必要不可欠でした。
両親に支えられながら、私は、早速学んだことを取り組みはじめました。
例えば、息子には生活の中で、目に見えるものをなるべく言葉で伝えるようにしました。
「これトマトね、トマト、お箸でつかんで食べてね。はい、どうぞ」
また、息子が自然とトマトにお箸をのばしたら、トマトをつかみそうかな?くらいのタイミングで「おはし上手、偉いね」と褒めました。
すると、なぜか、しっかりした手つきでお箸で食べ物をつかみ食べることができるではないですか!
たとえ、うまくつかめていなくても、つかめたことにしてしまうことで、できちゃっているかもと感じていましたね。
おじいちゃんの「ホメ育て」

おじいちゃん・おばあちゃんと一緒で息子も楽しそう
息子は、歩きだすことも遅れていました。
そこで、おじいちゃん(私の父)が神社に連れて行っては息子の手を引き、一生懸命歩くことを教えてくれました。
そして父は「いい子だな。言葉が豊かになったな。お前はユニークだな。頭いいな。しっかり歩くなぁ」と、つねに息子を褒めてくれていました。
父は、息子が歩けるようになってもいつまでも手をつないで、息子の手を離しませんでした。
それで、あるとき私は「いつまでも手をつないでいないで、一人で歩かせて!」と怒ったこともありました。
ですが、今思い返すと、きっと息子が年老いてきた父の支えになっていたんだと思います。
息子のおかげで、父は安心して歩くことができたんです。
気づけば、なんだか息子とおじいちゃんの役割が逆転していたんですね。
父は、2018年に他界しました。
息子を心優しく思いやり溢れる子に導いてくれた父に、私は感謝の想いでいっぱいです。
今でも、息子はときどきこう言います。
「じいじに会いたい。でもね、じいじは僕のここ(胸を指して)にいるから大丈夫」
小さな成功体験で自信をつける

日常生活では、くり返し“小さな成功体験”をさせて、達成感と自信を積み重ねていきました。
何かひとつできると、私と父と母で手を叩いて大きくよろこびました。
また、時間を作っては、さまざまなところへ連れて行き、たくさんのことを経験させました。
実際に、その場の雰囲気に触れて、触って、見て、感じて…。
それは、母の提案でした。
ドライブに行けば、外を見ながら「天気は晴れだね、雲があるね」。
車から降りれば「今日は風が冷たいね、びゅうびゅう吹いているね」。
道の駅によれば「これは大根、これは人参」。
私たちは、そんなふうに息子に話しかけつづけました。
すると、最初は聞いているだけだった息子も、次第に私の言葉をリピートするようになりました。
そしていつしか「大根買っていこう!」、「人参どうします?」と聞いてくるようにもなりました。
おばあちゃんの出番

息子とおばあちゃん(私の母)
息子は、鉛筆を持つことも苦手でした。
指先に余計な力が入ってしまうようで、痛くなって鉛筆を長い時間持つことができなかったんです。
そこで母が「鉛筆はやわらかくね」といつも声掛けしてくれて、運筆をはじめました。
また、書道の師範でもあった母は、お習字も教えてくれました。
そのおかげで、学校の書道の時間には芸術的な筆遣いができるまでになりました。
スモールステップで課題クリア

バスケ部のユニフォーム姿
小さいころの息子は、相手が投げてくれたボールをキャッチするいう行為が理解できませんでした。
しかし、すごく近くでボールを渡す・もらうのくり返しから、段々距離を広げて投げる・捕るができるようになっていきました。
そして中学時代には、バスケットボール部に入部しました。
「チームプレー」という面には課題がありましたが、いつもはり切って部活に行っていました。
高速学習法+私の工夫

息子の脳力開発の一環として行なっていたことが、カードなどを使った高速学習です。
また、高速学習の他に、図書館で借りてきた紙芝居を読んで聞かせたりもしました。
さらには、カードを使ってこんなゲームも行いました。
「“黄色い長靴”を履いた“女の子”が“赤い傘”をさして歩いて帰ってきた」というふうに、カードをつなぎ合わせて簡単な物語を作ります。
そして、物語に何が出てきた?と質問して当てるんです。
こうして、記憶の回路を強化していきました。
その他にも「今日、学校に持っていったお弁当には何が入っていた?」と聞いて思い出させるように意識しながらコミュニケーションすることもしました。
信じてやってきてよかった!

息子に「発達の遅れがある」と言われたとき、いくつかの選択肢があったかもしれません。
ただ、今はこれまで息子と私たち家族が辿ってきた道は間違いではなかったと思っています。
誰しも、新しいチャレンジをするときには、それが正しい選択かどうかはわからないものです。
だから、道の途中で立ち止まって「正しいのかな?」と不安になることもあると思うんです。
事実、私も紆余曲折、一喜一憂しながら、自己嫌悪に陥ったり、焦ったり、いろんな感情を持ちながら過ごしてきました。
全然平坦な道ではなかったですし、むしろ凸凹があり、急な下り坂や登り坂もあるというくり返しでした(今もそうなのかもしれません)。
だけど、私たちはこれからも、自分たちで考え、選びながら目の前の道を進んで行きたいと思っています。
私は一生、息子の応援団長です

人から、過保護だとか言われても構いません。
息子応援団の団長は、母である私にしかできないと思っています。
だから、私は一生、息子の応援団長でいると決めています。
それが、息子にとって正しいことなのか?考えることもあります。
ただ、確実に言えることは、正解かどうかわからない扉を開くことはとても勇気のいることだということです。
そして、その扉を開く勇気を持つ人だけが、正解か不正解を知ることができます。
けれど、どんな選択をするときも、それが幸せにつづく扉かどうかは今までの歩みの積み重ねが教えてくれるのだと私は思っています。
私たち親子は、まだ歩みの途中です。
これからも、たくさんの試練が待ち受けていると思います。
だからこそ、正しい選択をしたと実感できるように、ブレずにコツコツ歩みつづけていくつもりです。
そして、これまでの歩みの中で私たち親子を支えてくださり、応援してくださる方々に出逢えたことは、私にとってとても大きな幸せだと感じています。
子育ては親育てと実感!今ならわかります

大きく成長してくれました
私は、これまで出逢ったすべての方々が息子の大切な応援団だと思っています(その応援団の“団長”が私です)。
その方たちの存在が、私たちの心の支えになっています。
これからも、人生のさまざまなシーンにおいて課題が訪れることでしょう。
だから、引きつづき目の前の課題に取り組んでいきます。
私は、息子からいろいろなことを学び、気づかされました。
私自身、視野が広がり、さまざまなことで成長することができました。
今は、息子にもとても感謝しています。
最後に

私は、発達に遅れのあった息子を育てる過程において「誰かの支えがあること」、「話を聞いてくれる人がいること」が、どれだけ子育ての心を軽くしてくれるかを実感してきました。
とりわけ私の場合は、自分が子育てで不安や迷いを感じていたとき、母が私の話を聞いてくれるとともに、私の考えや視野を広げてくれるような何気ない言葉をかけてくれたことが、大きな支えになりました。
だからこそ、今度は私があのときの母のように、悩み、立ち止まるママたちのそばに寄り添いたい。
上辺だけのアドバイスではなく、心の深いところに共感し、ともに考え、ともに笑い、ともに進んでいく存在でありたい。
そのような想いから、私は、自分が母親として子育てで経験してきたこと、発達障がいの子どもを育てるうえで学び、実践してきたことなど、それらすべてをお伝えして多くのママとお子さんの可能性を一緒に育てるために「発達っ子専門子育てコーチ」として活動することにしました。
私は、私がこれまで経験してきたことをもとに、かつての私と同じように悩んでおられるママの支えになれるよう、これからもひだまりルームでの活動をがんばっていきたいと思っています。
